海と山、その中にある暮らし

唐津の海岸線を車で走る。
夏の海は真っ青だ。
太陽の光を受けて、海面がきらきらと輝いている。

浜辺に降りてみると、波に洗われた石がころころと転がっている。
さっきまで青く見えていた海は、近くで見ると驚くほど透明だ。

この海には、小さな魚も、大きな魚もいる。
岩にへばりつく貝もいれば、砂の中に潜んでいる貝もいる。

私たちが暮らしている唐津は、こんな海のすぐそばにある。

けれど、唐津の暮らしを海だけで語ることはできない。

唐津では、海から少し車を走らせると、もう野山の景色になる

山では季節の果物や野菜が作られている。

例えば七山という山深いところで作られているナスはハリがあって果肉は柔らかい

最近よく作られるようになったパプリカも色鮮やかで瑞々しい。


日本では梅雨に入ると雨がよく降る。

この雨の水を山が受け取り、湧き水となりやがて川となる。

山では人々は川の水を利用して畑を耕しお米を作ったり、野菜を作ったりしている。

梅雨に入る少し前になると、田んぼには水が入り田植えの準備が始まる。

夕暮れ時、沈む太陽に照らされる畑はとても幻想的になる。

夏には緑の稲が美しく田んぼ一面を覆う

秋に近づくとその稲は少しずつ黄金に色づき稲穂が垂れる。

そろそろ収穫の時期かなと、人々は新米を待ち侘びる。

この新米も地域によって刈り取りの時期が違う。

新米は、収穫される時期や地域によっても味わいが違う。


唐津での稲作は2000年以上も前から始まったとされ、その歴史は長い。

ふと、『米』と『込め』という言葉の響きが似ていることに気がついた。

お米は古くから神様にお供えしていたので私たちにとって大切な食物の1つなはずだ。

自然の神様を前にした時、人々はこの『米』の中に自分たちの想いを込めたのではないだろうか。

実際お米は食べるだけではなくて、麹を作ったりお酒、味噌、醤油の材料にもなる。

これらの食品は日本の食では欠かせないものばかりだ。

現在でも、お祭りや神事ではお米をお供えする。

そしてこのお米や野菜を育むのは大地である。

山の土や水の恵みは川を通って海へ流れていく。

それが海の豊かさにもつながっている。


私には「海」という字が、「産み」という言葉にも重なって見える。

私たちはここで生まれ育ち、その中で暮らしに欠かせない様々な道具や工芸も生まれた。

大きな自然の営みの中で、海と山そして私たちの暮らしが繋がっている。

そして私たちの営みは今も続いているのである。

それが『産土』なんだと思う。

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